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過活動膀胱(OAB)が招く我慢できない尿意
日中のトイレの回数が8回以上と多く特に「急に前触れもなく我慢できないほどの強い尿意(尿意切迫感)」に襲われる。そして時にはトイレまで間に合わずに漏らしてしまうこともある(切迫性尿失禁)。このような症状に悩まされている場合その頻尿の原因は「過活動膀胱(Overactive Bladder: OAB)」である可能性が非常に高いと考えられます。過活動膀胱は40歳以上の男女の8人に1人が罹患しているとされる非常にありふれた病気です。その病態の核心は膀胱にまだ尿が十分に溜まっていないにもかかわらず膀胱の筋肉(排尿筋)が脳からの指令とは関係なく勝手に異常な収縮を起こしてしまうことにあります。この膀胱の「暴走」が突然の強烈な尿意として感じられるのです。過活動膀胱の原因は完全には解明されていませんが加齢に伴う膀胱の神経系の変化や脳卒中やパーキンソン病といった脳と膀胱の間の神経伝達のトラブル、そして男性の場合は前立腺肥大症などが引き金となることが知られています。しかし多くは明らかな基礎疾患がなく発症します。過活動膀胱の診断と治療は主に「泌尿器科」が専門となります。診断のためには症状の詳しい問診や症状の程度を点数化する質問票(OABSS)、そして前述の「排尿日誌」が非常に重要な役割を果たします。治療はまず「行動療法」から始めるのが基本です。具体的には水分摂取のタイミングや量を調整したり利尿作用のあるカフェインやアルコールの摂取を控えたりする「生活指導」。そして骨盤の底にある筋肉を鍛えて尿道を締める力を高める「骨盤底筋体操」。さらに尿意を感じてもすぐにトイレに行かずに5分10分と少しずつ我慢する時間を延ばしていくことで膀胱に尿を溜める習慣をつけ膀胱の容量を広げていく「膀胱訓練」などがあります。これらの行動療法で十分に改善しない場合には「薬物療法」が選択されます。膀胱の異常な収縮を抑える抗コリン薬やβ3作動薬といった内服薬が治療の中心となります。
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免疫反応の副作用?サイトカインと神経過敏
風邪をひいた時に感じる、皮膚の表面の、ヒリヒリ、ピリピリとした痛み。その主な原因は、ウイルスと戦うために、私たちの体が作り出す「サイトカイン」という物質が、引き起こす、一種の“副作用”であると考えられています。サイトカインは、免疫細胞同士が、情報をやり取りするために使う、いわば「伝令役」のタンパク質です。「敵(ウイルス)が侵入したぞ!」「ここに集まれ!」「熱を出して、敵の動きを封じろ!」といった、様々な指令を、体中に伝達します。この、免疫システムの、見事な連携プレーに、不可欠な存在です。特に、ウイルス感染の初期に、重要な役割を果たすのが、「インターフェロン」という種類のサイトカインです。インターフェロンは、ウイルスに感染した細胞が、周囲のまだ感染していない細胞に対して、「ウイルスが来たぞ!防御態勢を整えろ!」という、警告シグナルを発信させ、ウイルスの増殖を、強力に抑制する働きがあります。この働きによって、私たちは、多くのウイルス感染症から、守られているのです。しかし、この、体を守るためのインターフェロンが、時に、私たちの「神経系」にも、影響を及ぼすことがあります。インターフェロンをはじめとする、いくつかのサイトカインには、痛みを感じる神経(知覚神経)を、過敏にさせる作用があることが、分かっています。つまり、神経の「感度」を、異常に高めてしまうのです。その結果、普段であれば、全く痛みとして感じられないような、ごく弱い刺激、例えば、衣服が肌に触れる摩擦や、シーツの感触、あるいは、そよ風が肌をなでるといった、些細な刺激さえもが、脳に「痛み」のシグナルとして、伝えられてしまいます。これが、風邪のひきはじめに、熱はまだ出ていないのに、皮膚の表面だけが、なぜか痛く感じる、という現象の正体です。この状態は、「アロディニア(異痛症)」と呼ばれ、痛みを感じる仕組みそのものが、一時的に、変調をきたしている状態と言えます。この皮膚の痛みは、ウイルスと戦うための、免疫反応が、活発に行われている証拠でもあります。通常は、風邪の回復と共に、サイトカインの産生が収まり、神経の過敏性も、自然と正常に戻っていきます。
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私の終わらない咳がマイコプラズマだった闘病記
全ては、喉の軽いイガイガ感から始まりました。季節の変わり目によくある風邪だろうと、私は完全に油断していました。市販の総合感冒薬を飲めば二、三日で治るはず。しかし、その安易な考えが、その後の長い苦しみの序章だったのです。鼻水や喉の痛みはすぐに消えましたが、入れ替わるようにして咳が出始めました。最初は軽い空咳でしたが、日を追うごとにその激しさは増していきました。それは、まるで何かに取り憑かれたかのような咳でした。一度火が付くと、コンコンコンコンと息つく暇もなく続き、しまいには息が苦しくなって涙目になるほどでした。特にひどかったのが夜間です。布団に入って体が温まると、まるでスイッチが入ったかのように咳の発作が始まり、ほとんど眠ることができませんでした。眠れない日々が続くと、精神的にも追い詰められていきます。日中も、静かなオフィスや電車の中でいつ咳の発作が起きるかという不安に常に苛まれ、咳を我慢しようとすればするほど、余計に咳き込んでしまう悪循環。周囲の「またか」という視線が突き刺さるようで、外出することさえ億劫になっていました。熱は三十七度台前半を行ったり来たりする程度で、体のだるさも我慢できないほどではない。この中途半端な体調が、逆に病院へ行くタイミングを逃させていました。しかし、咳が出始めてから三週間目、ついに限界を感じて呼吸器内科のドアを叩きました。これまでの症状の経過を話すと、医師はすぐにマイコプラズマ肺炎を疑い、胸部レントゲンと血液検査、そして喉の奥をこする迅速検査を行いました。結果は陽性。原因がはっきりした安堵感と、もっと早く来ていればという後悔が入り混じった複雑な気持ちでした。すぐにマクロライド系の抗菌薬が処方され、藁にもすがる思いで服用を開始しました。薬を飲み始めて三日目の朝、夜中に一度も咳で起きなかったことに気づき、涙が出そうになりました。あれほど頑固だった咳が、薬の力で少しずつ鎮まっていく。健康のありがたみを、これほど痛感したことはありません。咳が完全に消えるまでにはさらに二週間ほどかかりましたが、あの暗いトンネルをようやく抜け出すことができました。咳を甘く見てはいけない。それが私の得た何よりの教訓です。
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男性特有の頻尿、前立腺肥大症のサイン
中高年の男性において「夜中に何度もトイレに起きるようになった」「トイレに行ってもスッキリせずすぐまた行きたくなる(残尿感)」「尿の勢いが弱くなった」。これらの症状と共に頻尿に悩まされている場合その原因としてまず疑われるのが加齢に伴って多くの男性が経験する「前立腺肥大症(BPH)」です。前立腺は男性の膀胱の真下にあり尿道を取り囲むように存在するクルミほどの大きさの臓器です。この前立腺が年齢と共に徐々に肥大してくると内側を通る尿道を物理的に圧迫したり膀胱そのものを下から突き上げるように刺激したりして様々な排尿トラブルを引き起こします。前立腺肥大症による頻尿は二つのメカニズムによって説明されます。一つは肥大した前立腺が尿道を圧迫することで尿が出にくくなり排尿後も膀胱内に尿が残ってしまう「残尿」の増加です。膀胱が常に尿で満たされている状態になるためすぐにまた尿意を感じてしまいます。もう一つは肥大した前立腺が膀胱の出口(膀胱頸部)を刺激し続けることで膀胱が過敏になり過活動膀胱と同じような状態になることです。これにより十分に尿が溜まっていなくても強い尿意を感じるようになりトイレの回数が増えてしまうのです。特に夜間頻尿は前立腺肥大症の非常に代表的な症状の一つです。前立腺肥大症の診断と治療は「泌尿器科」が専門です。診察ではまず症状の程度を評価する質問票(国際前立腺症状スコア)に記入し直腸診(肛門から指を入れて前立腺の大きさや硬さを調べる)や超音波検査で前立腺の大きさを測定します。また尿の勢いを測定する「尿流測定検査」や排尿後の残尿量を測定する検査も重要です。治療はまず薬物療法から開始するのが一般的です。尿道の圧迫を緩めて尿を出しやすくする薬(α1遮断薬)や前立腺そのものを小さくする薬(5α還元酵素阻害薬)などが用いられます。薬物療法で十分に改善しない場合や症状が重い場合には内視鏡を使って肥大した前立腺を内側から削り取る「経尿道的前立腺切除術(TURP)」などの手術治療が検討されます。
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マイコプラズマ肺炎に効く薬と効かない薬
マイコプラズマ肺炎の治療で最も重要なのは、その原因菌に対して有効な抗生物質を、適切なタイミングで服用することです。しかし、この病気の厄介な点は、一般的な細菌感染症で広く使われている抗生物質の多くが、全く効果を示さないという事実にあります。なぜ、そのようなことが起こるのでしょうか。その答えは、マイコプラズマという病原体の特殊な構造に隠されています。多くの細菌は、細胞の最も外側に「細胞壁」という硬い殻を持っています。風邪の後の二次感染などで処方されることが多い、ペニシリン系やセフェム系といった抗生物質は、この細胞壁が作られるのを邪魔することで、細菌を殺したり、増殖を抑えたりします。ところが、マイコプラズマには、この細胞壁が存在しません。そのため、細胞壁をターゲットにするこれらの抗生物質をいくら投与しても、全く効果がないのです。もし、風邪や気管支炎と診断されて処方された抗生物質を飲んでも、一向に症状が改善しない場合は、マイコプラズマ肺炎の可能性を考えるべきサインと言えます。では、どのような薬が有効なのでしょうか。マイコプラズマに対して効果を発揮するのは、細菌の細胞内にある、タンパク質を合成するリボソームという器官の働きを阻害するタイプの抗生物質です。具体的には、「マクロライド系(クラリスロマイシン、アジスロマイシンなど)」、「テトラサイクリン系(ミノサイクリンなど)」、そして「ニューキノロン系(レボフロキサシンなど)」といった種類の薬がこれにあたります。ただし、近年、特に小児を中心に、マクロライド系の抗生物質が効かない「マクロライド耐性マイコプラズマ」が増加しており、問題となっています。その場合は、テトラサイクリン系やニューキノロン系の薬が選択されますが、これらの薬は副作用の観点から、子供への投与には慎重な判断が必要です。このように、マイコプラズマ肺炎の治療は、単純ではありません。咳の症状だけで自己判断せず、必ず医師の診断のもと、適切な種類の抗生物質を、指示された期間しっかりと飲み切ることが、確実な治癒への唯一の道なのです。