マイコプラズマ肺炎の治療を受け、熱も下がり体も楽になったはずなのに、なぜか咳だけが一向に治まらない。これは、多くの患者が経験する非常に厄介な問題です。この「感染後咳嗽」とも呼ばれる長引く咳には、マイコプラズマという細菌の特殊な性質が深く関わっています。マイコプラズマは、私たちの気道、特に気管や気管支の表面を覆っている「線毛上皮細胞」に好んで付着します。この細胞には、外部から侵入してきた異物やウイルス、細菌などを痰と一緒に体の外へ排出する「線毛運動」という重要な役割があります。マイコプラズマは、この細胞に強力に接着すると、毒素を放出して細胞そのものを傷つけ、線毛の動きを止めてしまいます。その結果、気道の自浄作用が著しく低下し、わずかな刺激にも反応して咳が出やすくなるのです。抗菌薬によってマイコプラズマ菌自体が体内から排除された後も、この傷ついた気道の上皮細胞が完全に修復され、正常な機能を取り戻すまでには、数週間から一ヶ月以上という長い時間が必要です。つまり、菌はいなくなっても、気道はまだ「工事中」の状態が続いているため、咳が残ってしまうのです。さらに、マイコプラズマの感染は、気道を過敏な状態(気道過敏性の亢進)にすることが知られています。これは、アレルギーや喘息を持つ患者によく見られる状態で、タバコの煙、冷たい空気、ホコリ、会話といった、健康な人なら何ともないような些細な刺激に対しても、気道が過剰に反応して咳き込んでしまう状態です。感染をきっかけに、一時的に喘息のような体質になってしまうとイメージすると分かりやすいかもしれません。この気道過敏性も、気道の炎症が完全に治まるまでは持続します。このように、マイコプラズマ感染後の長引く咳は、単に菌が残っているからではなく、「気道上皮のダメージ」と「気道過敏性の亢進」という二つの後遺症的な要因が複雑に絡み合って生じています。治療には、気道の炎症を抑える吸入ステロイド薬や、気管支を広げる薬が用いられることもあります。焦らず、専門医と相談しながら、気道が完全に修復されるのを待つという姿勢が大切になります。
なぜマイコプラズマの咳は長引くのか?